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原爆の日はいつ?広島と長崎に投下された日と時刻を再確認して追悼を

毎年夏の時期は、広島と長崎では特別な想いを持ちます。

広島・長崎の原爆投下によるものです。

 

もうすぐ75年目を迎えようとしている最近では、

原爆が投下された日や、時刻が分からない人が多くなっています。

 

正直、他国の人の方が知っていたりします。

今回は、原爆の日について確認していきましょう。

 

原爆の日はいつ?広島と長崎に投下された日と時刻を再確認して追悼を

広島原爆投下の日は1945年8月6日

 

広島市に原爆が投下されたのは、

1945年8月6日 8:15 です。

 

これは、最初から広島に決まっていたわけではなく、4つの候補から選ばれました。

その時は、2発の原子爆弾を投下することが計画されてたという事です。

 

4つの候補は以下の通り。

京都市:AA級目標
広島市:AA級目標
横浜市:A級目標
小倉市:A級目標

 

この中で、以下の基準から、広島市が選択されました。

・直径3マイルを超える大きな都市地域にある重要目標であること。
・爆風によって効果的に破壊しうるものであること。
・来る8月まで爆撃されないままでありそうなもの(それまで、東京大空襲など大きな爆撃がされた都市がありました)。

 

 

 

長崎原爆投下の日

 

長崎市に原爆が投下されたのは

1945年8月9日 11:02 です。

 

先ほどの4つの候補のうち、小倉市が目標とされていましたが、当日の上空の雲が厚かったため、第2候補であった長崎市に投下されたといわれています。

この日は上空の風が強かったためか、中心地より少しずれた上空で爆発しました。

免れた第3の原爆投下

米国は、第三の原子爆弾投下についても準備を進めていました。

その候補地は小倉市、京都市、新潟市などの説がありますが、それまでの攻撃の状況から、京都府が候補だったのでは?と言われています。

 

早ければ8月20日前後には投下が可能な状態までになっていましたが、

8月15日の終戦を迎えた結果、当時のトルーマン大統領により投下禁止命令がだされ、3つ目の原子爆弾が投下されることはありませんでした。

 

 

まとめ

 

原子爆弾は、人の命を一瞬で奪いました。

広島では8万人が、長崎では7万人が、爆発によって即死しました。

 

例えるのが難しいのですが、

例えば東京ドームだと満員で5万人ほど収容できます。

その全員が、1秒もかからずに亡くなるという事が、実際に75年前の日本で起きたのです。

 

それも、子供から老人まで、何も区別なくです。

 

広島市の旧日銀の建物前にある石階段には、その時にあまりの高熱で蒸発した人の跡がシミとなって残っています。

 

これらの歴史的悲劇を二度と繰り返さないように、毎年8月6日を原爆の日とし、広島をはじめとする各地で記念行事を行うようになりました。

 

私たちができることはまだあると思いますが、すくなくともこの原爆の日に黙とうをささげることが必要なのではないでしょうか。

 

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